蓮華の御足の下での祝福に満ちた年月 元インド最高裁判所判事 V.Balakrishna Eradi
私の人生の黎明期における種々の経験を想い起こすと、その最初はイギリスの統治下におけるマドラス高等裁判所における弁護士としての経験であります。その後、1961年1月にケララ州高等裁判所における主席政府弁護人、1967年4月にインドにおける最年少の高等裁判所裁判官、1980年1月に高等裁判所長官、1981年1月にインド最高裁判所の裁判官に任命され、これとの兼務で1986年にラヴィ・ビアース川裁定委員会の委員長に任命され、1987年6月に最高裁判所裁判官を退任し、これと同時に最高裁判所の判事と同じ資格と条件の下に国内消費者紛争救済委員会の委員長に5年間任命され、その後、75歳に至るまで上記任命期間が延長されました。しかしながら、私が1960年代の初期にバガヴァン(至高の尊神)・ババの蓮華の御足に心の安らぎを見出して以降、バガヴァン・ババによって私に注がれた限りない愛と恩寵を思うとき、これらの経験は全く些細な出来事として色褪せてしまいます。1967年にサティア・サイ・セバ・オーガニゼーション(奉仕組織)をインドの各州に作ることが決定されて直ちに、スワミ(師への敬称、サイババへの呼び掛けの言葉)は1967年12月に私をケララ州の最初の責任者に任命して下され、私はその任務を8年間勤めさせていただきました。その間に、シュリ・サティア・サイ・セントラル・トラスト(中央信託機関)がバガヴァン・ババによって組織されたとき、私はババの限りない慈悲により中央信託機関の当初のメンバーに名を連ねることになりました。また、スワミによって「スーパー・スペシャリティ・ホスピタル」をプラシャンティ地区に建設することが決定されたとき、前記とは別の信託機関、即ち「シュリ・サティア・サイ・メディカル・トラスト」が病院運営のために組織され、私は幸せにも4人の受託者の一人として任命されました。種々の立場から「主」に仕えるように私に与えられたこのような貴重な機会は、法律家としての成功、更にはその後の世間的な権限ある地位とか権威による物質的な成功(これらは全て、私達の愛する主の慈愛にあふれた恩寵と、ご意思並びに祝福によって達成されたことですが)、よりも大きな自己充実感を与えるものであると心から思います。もしも私が私の人生において真に獲得したものは何であるかと訊ねられたならば、「私の人生において真に獲得したものは過去35年間に亘ってバガヴァン・ババの神聖なる蓮華の御足にしっかりと触れてきたことです」と極めて率直にそして躊躇することなく答えます。
これらの間には数え切れない程の様々なバガヴァン・ババの愛と慈愛とを経験しました。また、ババは帰依者がいつ如何なる時においてもまたどのような状況においても、あくまでも正直で正しい行いを執るように導き、帰依者がこれから逸れた場合には、それを修正する効果的な力を作用させることを何回となく経験してきました。これにより、つまりは、帰依者はいつも自分の行動を振り返るようになり、知らず知らずのうちに徐々に変化がおこり、そして人生の唯一の目的がスワミの愛と恩寵と喜びを希求することになるのです。
私がスワミの神聖なる御足に触れるといった恩典を与えられた過去数年の間には、手のひらを下にした神の御手から薬のカプセルが次々と落下して現れるような、様々なタイプの数え切れないほどの物質化現象を目の当たりにしましたが、ここではこのような経験について詳しくお話をしようとしているのではありません。それらの現象を「奇跡」と呼ぶのは誤っております。何故ならば、私達がババの神性と全能性を一旦認識したなら、これらはババの創造主としての本質がただ単に現れているにすぎないと見なすことができるからです。従って、いわゆる「奇跡」と称されるものは、スワミが繰り返し述べられているように、スワミの真の身元を示す「名刺」にすぎないものですから、これにあまり重きを置くことは正しいことではありません。私達が集中すべきことは、神が人間の形を取って私達と共に存在し、そして私達を神の御講話により、とりわけ神御自身が実例を示すことによって私達を真のダルマの道に沿って導いておられる現在において、人類がこのように祝福されているこの特別の機会に、最大限の神の恩恵を如何にして獲得するかということであります。
スワミは私達に「私の生き方が私のメッセージである」と仰います。もしも私達がスワミの1日の行動を観察したならば、1秒に至るまでの全ての時間が人類への奉仕に捧げられ、一瞬たりとも無駄に費やされていないことに気付くでしょう。朝と夕方のダルシャンの時間には数千人の帰依者に慰めと心の平安と至福を授け、数百の人の顔の涙を拭い、インタビューに呼ばれた幸運な人達に確信と勇気と精神的強さを与えることに加えて、スワミは御自身でアシュラム、カレッジを含む大学、宿泊施設、小中高等学校、スーパー・スペシャリティ・ホスピタル(超特別病院)と一般病院の運営の詳細に至るまで注意を払っておられます。このことから私達が学ばなければならないメッセージは、私達全ての人は時間とエネルギーの一部といえども、つまらない利己的な目的のために浪費することなく、人生の全ての瞬間を人類への無私の奉仕に捧げるべきであるということです。
私が過去35年間に学んだことを簡単に要約して、私の個人的な経験から断言するならば、私達が一旦スワミの蓮華の御足に自らを投げ出してスワミを私達家族の主として受け入れるならば、スワミは私達全ての者の問題や必要な事項の面倒を見てくれるとともに、私達の生活を向上させるためのあらゆる責任を引き受けてくれるということです。スワミのサンカルパ(御意思)なしにはスワミの帰依者とその家族の者に何事も起こりません。困難や危険に遭遇した時そして辛い状態とか危機的事態の時にはいつでも、スワミの瞬間的な保護、誘導、介入そして介護が極めて神秘的な方法で私達になされてきました。簡単に述べますと、私自身そして私の家族はその生活の全てがスワミの恩寵のおかげによっております。今日私達があるのはただスワミの慈悲深いサンカルパによってであり、もしも私達を交通事故から救うためにスワミがタイムリーに介入してくれなかったならば、それはまさに致命的なものとなっていたし、またスワミが重い肉体的病気を奇跡的に治癒するためにタイムリーに介入してくれなければ、現在の私達はありません。帰依者の心の奥深いところから発する「サイラム」と言った助けを求める叫びは決して無視されることはなく、神の応答は間違いなくやって来ます。しかし、その応答の内容はそれを求める人の魂にとって究極的に何が良いのかということによって決まるのです。換言するならば、スワミが私達の問題に介入してそれを解決する方法は、私達が望んでいる通りになるとは限らないということです。スワミは確かに介入しますが、その方法としては全てを知り尽くしている神が、長期的に見てその帰依者のために究極的に為になることとして何を考慮したかによるということです。
過去に神が人間の形を取って生まれ変わったのは、ほんの僅かの例しかありません。しかしながら、以前のユガの時代には、アバター(神の化身)が地上に現れている間にアバターの神性を知る機会というのはありませんでした。カリユガ時代の特殊性と人類が道徳的にも霊的にも非常に堕落していることに鑑みて、現在のアバターである主は、その肉体が僅か14歳の極めて初期の段階で、自らの本性を明らかにすることを決意されました。これは、まさに人間の形を取った神が、この地上に私達と共に存在しているという意識を人々に呼び起こすために、そしてこのような神の存在から恩恵を受け得る希有な機会に、できるだけ多くの恩恵を受け取る気持を人々に引き起こさせるためになされたのであります。ドゥワパラ・ユガの時代にはクリシュナ神は彼の本性を、マハーバーラタの戦争がクライマックスに達したときに、その戦場において初めてアルジュナに明かしたのであり、そして霊的原理の精髄が含まれているバガバッドギータという神のメッセージが神によって伝えられたのはたった一人の帰依者、即ち、アルジュナだけでした。しかし、現在のアバターの場合には数えきれないほど多くの神の御講話がスワミによってなされ、それは数十万人の人々によって聞かれており、またこの神の御教えはスワミが著された種々の「vahinis」(バヒニと称する著作物)に掲載されております。スワミの人類に対するメッセージは単純にして明快で、即ちこれは、真実(サティア)、正義(ダルマ)、平安(シャンティ)、愛(プレマ)、非暴力(アヒムサ)の道に従いなさいというものです。これらの5つのうち、バガヴァンによって最も重きを置かれているのは純粋な無私の愛を表す「プレマ」です。スワミは私達に繰り返し次のように述べておられます、「もしも、私達が仕える全ての人の心の中に、敬愛するスワミがいるといった確固たる信念と確信をもって、自分の周りの誰に対しても純粋な愛を育て、そしてこの愛が謙虚な気持で社会のためになされる無私の奉仕の形で放出されるならば、その他の真実、正義、平安、非暴力の徳性は自動的に得られるでしょう」。スワミはまた、スワミの教えを実行する最も良い方法はスワミ御自身の実例を見習うことである、即ち、スワミの生き方がスワミのメッセージであると仰っておられます。
数ある中でも、スワミは「Vidya」(教育)と「Vaidya」(医療)は営利化されるべきでないと述べておられます。スワミが人類に与えて下さった最高の贈り物の内の一つはユニークなサイの教育システムで、これは今ではその素晴らしさと顕著な効果とにより世界中で有名になっております。この教育システムでは、最高級レベルのアカデミックな教育を授ける一方、子供が優れた人格と適切な道徳観、倫理観、霊的感性を持ち、そして人間としての価値観を備え、更に社会に対して無私の奉仕を提供できるともに、やがては国家において正しいタイプの指導力を発揮できるようにし、子供が将来理想的な市民として開花するように、子供の霊的な面を育んでその内的な人格を発展させるために特別の配慮がなされています。また、3段階の教育機構が神の計画の一部としてバガヴァンによって構築されました。1969年にシュリ・サティア・セバ(奉仕)・オーガニゼーションはバルヴィカス(幼児の霊性教育)・センターをスタートさせました。過去26年の間に、この教育プログラムはインドのあらゆる市、町、村に普及しただけでなくサイセンターが活発に活動している100以上の外国にも普及しました。バルヴィカス・プログラムの目的は、子供達の柔軟な心に適切な価値観を植え付けて、かけがえのない神性が完全なものへと開花するように子供の性格と人格を一緒に発展させるものであります。バルヴィカス教育は意識を拡大することを目的としています。この教育ではあらゆる信仰の真実性、単純さ及び良いところを正しく認識できるように、全ての宗教的信仰の偉大な男性及び女性の劇とか物語を利用しております。偉大な男性及び女性の人生における転換点を正しく理解することは、子供の心を知恵と霊感と愛と平安とからなる自由な霊的環境の中で成長させるための適切な理想像を提供するでしょう。
バルヴィカス・プログラムの開始とほぼ同時に、男子学生のためのサティア・サイ・アート・アンド・サイエンス・カレッジがホワイトフィールドに、そして女子学生のためのカレッジがアナンタプールにバガヴァンによって創立され、そこではユニークな価値を志向した教育プログラムが、この国のカレッジレベルの教育において初めて導入されました。そして、これに続いてジャイプールとボパールに女子学生のカレッジが、プッタパルティに男子学生のためのシュリ・サティアサイ・カレッジが、ハイデラバードとケララ州のスリィー・サイラムに宿泊施設のある学校が、そしてプッタパルティにシュリ・サティア・サイ小中学校とイシュワランマ高等学校が次々と創立されました。
第3段階のステップは1981年にバガヴァン・ババによってプラシャンティ・ニラヤムにサティア・サイ・インスティチュート・オブ・ハイヤーラーニング(総合大学に相当する)が創立されたときで、この学校は適切なカリキュラムと教育体系によって道徳と霊性に関する内容を教育の中に一体的に取り込むことを他に先駆けて行い、今では世界中に人間の資質を開発する最も優れた学校として認められています。従って、驚くことではありませんが、世界中のあらゆる地域から研究者や大学関係者がこの大学に大勢訪れ、サティア・サイ・インスティチュート・オブ・ハイヤーラーニングによって生み出された特徴とか教育プログラムを、自分達の大学にどのようにしたら最良の形で導入することが出来るだろうか、ということについての示唆や教えを請うています。
医療の分野について述べますと、スワミは全く未開発で遅れている田舎のプッタパルティにインド全土で最も近代的で最高に設備の整ったスーパー・スペシャリティ・ホスピタルを設立しました。この病院は建築上の驚嘆に値するもので、世界の七不思議の一つとして賞賛されているタージ・マハールにさえ匹敵するほどのものです。その建物は延べ面積で325,000sq.ft.(約30,225平方メートル)ありますが、記録的な短期間の7ヶ月半で建築され、1991年11月22日にインドの首相の下に落成式が執り行われました。ここでは、カーストとか肌の色、宗教、国籍、信条及び経済状態に関わらず全ての患者に対して、心臓切開手術とか腎臓移植手術並びに費用のかかる検査が全くただで行われている世界で唯一の病院です。1991年にこの病院が開設されたときには、ただ心臓血管科だけでしたが、その後に泌尿器科、腎臓移植を含む腎臓病科そして角膜移植を含む眼科の全てが開設されて運営されています。数千人もの国中の貧しい患者が、技術に優れまた評判の高い内科医や外科医の手による特別に高度な治療の恩恵を受けており、全ての治療は、受付から始まって入院そしてまた治療食に至るまで全てが無料です。更に、精神病科(精神外科を含む)と腫瘍病科(ガンの治療)の開設によって病院の拡張が近いうちになされる予定です。
この病院の評判は世界中に広く行き渡り、そして世界的に著名な専門家の出席による国際心臓病学会がプラシャンティ村で開催されたことにより、患者から一切お金を取ることなしに費用のかかる専門的治療を施すことがどうして可能なのかということを知りたくて、色々の国から多くの人々がこの病院を訪ねて来ます。そして、この病院を訪ねてきた人は、この病院における科学的かつ技術的なレベルが最高級のものであるのに加えて、彼等が世界中で経験したことがないこの病院のユニークな特色に感銘を受けるのです。それは、病院で働いている人全てが24時間中、患者に心からの愛情を込めて唇に笑みを浮かべて奉仕し、2、3時間以内に心臓切開手術を受ける患者でさえも恐怖感のかけらも持ち合わせていないといったことです。そして、これら全ての訪問者は、神しかこのようなことはできないとの強い確信を持って帰っていくのです。
前述の大学と病院だけでなくスワミの全ての行動、言葉そして態度は、私達全ての者に偉大なメッセージ、即ち、私達各人は、各自の個人的そして謙虚な方法で、若い世代の人格形成に重点を置いた正しい形の教育を広めることによって社会に奉仕するといった努力をすべきであり、そしてまた肉体的病気或いはその他の苦しみに悩む人達に出来得る限りの援助と愛情のこもった奉仕をすべきである、と言ったメッセージを伝えているのです。私達がバガヴァン・ババの道具として、バガヴァン・ババの御心に沿うようにこの仕事を遂行できますように、バガヴァンどうか私達に分別と能力と力量とをお授け下さい。
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