お知らせ
2004年2月15日

「パンタ笛吹」の書籍
「裸のサイババ」の真偽について

1. まえがき

サイババは色々な場面において「識別力を働かせて物事を正しく判断しなさい」とおっしゃられています。この世の中には「正しいこと」と「正しくないこと」が種々雑多に入り混じって存在しております。このような状況において、何が正しくて、何が正しくないかを見極める識別 力は真理を探究する人生において極めて重要なことです。
 数ある宗教や教義に満足することなく、サイババの教えに到達した人たちは、ここに至るまでに優れた識別 力を働かせてきたはずです。このような人たちが、「パンタ笛吹」の「裸のサイババ」によってサイババに対する帰依心に動揺をきたし或いは信頼を損なうというようなことになれば誠に残念なことです。
 そこで、冷静なる識別力を持って、この書籍「裸のサイババ」の内容を検証し、その真偽を問うてみたいと思います。

2. 口絵の写真の真偽について
 口絵の写真は書籍が何を訴えたいかを端的に表すメッセージが込められており、極めて重要な部分です。特に写 真は通常事実を有りのままに表すものですから、説得力のある証拠となります。
 しかしながら、この書籍については、この口絵の写真こそがこの書籍が如何に真実を歪曲しているかを表している証拠となっています。この口絵の写 真が極めて稚拙な合成写真であることは、以下の点に着目すれば明らかです。

(1) 添付した口絵の写真[1]、[2]、[3]の丸(○)で囲まれた部分の拡大写 真を見てください。この拡大写真ではサイババの袖口の部分および指は拡大したことによって画像がぶれておりますが、白い部分は画像のぶれがありません。最初から白い部分が写 真に写っていれば、その白い部分もぶれるはずですが、予め撮られた写真の上に着色をした場合には、写 真を拡大しても画像のぶれは生じません。従って、この写真は後から細工した合成写 真であることは明らかといえます。

写真[1]
玉座から立ち上がるサイババの写真
玉座に座っているサイババの写真

(2) 添付した写真[2]の白い固まりはババの爪よりも大きく、ババの傍にいる帰依者の視線の角度からすると、その帰依者にはその白い固まりがはっきり見えます。この写 真[2]は写真[3]との関係からすると、ババが手を回して物質化する前の写真であることは明らかです。ところが、ババが手を回す前に物質化される物を見ることはできませんから、この写 真は明らかに事実と反し、合成写真であることは明らかです。

写真[2]
サイババと帰依者の写真
   
写真[3]
指輪を物質化するサイババの写真
指輪を帰依者に与えるサイババの写真

(3)帰依者の方であればご存知でしょうが、ビブーティーの色は純白ではなく白みがかった灰色です。添付した写 真[4]ではビブーティーは純白で、他の部分から浮き上がって写っており、極めて不自然であるだけでなく本物のビブーティーの固まりであればこんなに鮮明な白色に写 ることはありません。また、他の写真と同様に、ビブーティー以外は画像がぶれているのに、ビブーティーとされている部分は画像のぶれがなく、この部分は後から着色した合成写 真であることは明らかといえます。

写真[4]
帰依者を祝福するサイババの写真
ビブーティを物質化するサイババの写真

以上の説明から明らかなように、この口絵の写真は全て合成写 真であるといえます。このような事実を見てもこの書籍が如何に真実を歪曲したもので、サイババを中傷しようとする悪意に満ちた書籍であるかがわかります。
 真実を最も正確に表すべき口絵の写真がこのように稚拙な合成写真からなるこの本の内容は、それを読むに値しない欺瞞に満ちたものであることを賢明なる帰依者は予測することができるでしょう。
 次に、この書籍の内容は帰依者にとっては口にすることも汚らわしい事柄を元帰依者の告白の形で掲載しております。そこで、この点について検証してみます。

3. サイババの性的異常行動の真偽について
 仏陀も、キリストも同性愛者であると中傷されたことがあります。この種の中傷は聖者にはつきものであります。これ以外に中傷する種がないということです。
 この書籍の中では数人の元帰依者がサイババから性的な虐待を受けたと述べておりますが、何の物的証拠もなく、また裁判等で公然とこのことを主張している人は誰もいません。
  一般的に「痴漢行為」の裁判ほど難しい事件はないのです。いずれの側にも明確なる物的証拠がないからです。被害者がその被害の状況を詳細に説明し、そして同じような被害を受けたと主張する被害者が複数人現れたならば、そのような告発を受けた人はたとえ痴漢行為をしていなくても裁判では不利な立場に立たされるでしょう。
 このような場合、正しい判決をするために裁判官はどのようなことを判断基準にするかを考えてみてください。裁判官は両者の過去の生活態度を判断基準にします。例えば被害者であると主張する人が、言動と行動が一致せずに平気で嘘を付くような人であり、他方、痴漢行為を告発された人が言動と行動が一致する正直な生活態度をしている人の場合には、被害者であると言う人の主張が採用されることはないのです。
 これこそが正しい判断なのです。人は行動によって判断されるのです。サイババが識別 力を持って物事を正しく判断しなさいとおっしゃっているのは正にこのようなことなのです。
 この書籍の中には誤った記載が多数ありますが、その中でも明らかに誤りであることを客観的かつ容易に証明できる記載が133頁にあります。これはP(パンタ笛吹)の質問に対して、この書籍の中心人物であるD(デビッド・ベイリー)が答えている以下の部分です。
「P でも、アシュラムだけでなく、周りの村々にもサイババ学校があると聞いていましたが?
 D 同じ州内に約百校のサティア・サイババ学校があります。ところが、そのすべては実は公立学校で、サイババとは関係ありません」
 サイババのアシュラムに一回でも行ったことがある人であれば、サイババのアシュラムのすぐ近くにサイババの小学校から大学まで多くの学校が並んで建っている事実を目にするでしょう。サイババはサイ大学の学長であり、サイババの学校の生徒はこの学校の近くの寄宿舎で寝起きして学校に通 っています。これらのサイババの学校の募集要項はサイババの出版協会が発行する月刊誌であるサナタナサラチに掲載され、インド全国内から優秀な生徒が応募してきております。また、サイババの大学の卒業式は毎年サイババの降誕祭の前日に数千人もの帰依者の前で盛大に行われております。
 このことはまさにサティア・サイババ学校は私立学校でサイババとは密接な関係があることを証明しております。この書籍においてサイババを中傷している中心人物であるデビッド・ベイリー氏は長期間アシュラムに滞在しており、しかもサイババの学校で音楽を教えた経験を持っている人ですから、彼がこのことを知らないわけはなく、嘘をついていることは明らかであります。
 「裸のサイババ」の口絵の写真が真実を示していない合成写真であることは前記のように明らかであり、またこの書籍の中心人物も嘘をついていることは明らかですから、サイババの性的異常行動を告発したこの書籍の内容の真偽を一々問うまでもなく、欺瞞に満ちた作り話であることは賢明な読者であれば理解できるでしょう。

4. サイババの奇跡の真実性について
 「裸のサイババ」ではサイババの奇跡現象がトリックによるものであるとの元帰依者の告発を掲載しております。
 サイババの奇跡現象を全く見たことがない人やテレビ番組やビデオ等でしか見たことのない人、またサイババの神性を否定したり無視する人にとっては、このような元帰依者の告発はもっともらしく思われるかもしれません。
 しかしながら、真摯な態度でサイババの奇跡現象を検証した人にとっては、「裸のサイババ」の告発は全く説得力がありません。
 サイババの奇跡現象はその数と種類において無限といえるほど存在し、近年のシバラトリの祭典において、サイババの体内からリンガムと称される卵状の球体が数千人の帰依者の面 前でババの口から顕れる奇跡現象は決してトリックで行うことができるものではなく、この事実からもサイババの奇跡現象の信憑性に疑いの余地はありません。
 また、サイババの帰依者の中にはインドの元最高裁判所の長官のP.N. Bhagwati判事やRanganath Mishra判事他、数多くの裁判官が含まれております。これらの裁判官は物事が正しいか否かを証拠によって判断する最高の英知の持ち主であります。Bhagwati判事がかつて日本で講演されたときに、「私はババの数限りない奇跡を目撃してきました」と話されていました。
 これらのインドの最高の英知の持ち主が語られる真実性は「裸のサイババ」の平気で嘘をつくような元帰依者の反論によって些かでも揺ぐものではありません。

5. サイババの帰依者の増大が真実を語る
 「人の口には戸は立てられず」という諺があります。これは、人の噂を防ぐ手だてはなく自然と広がるというものです。
 「裸のサイババ」の中にはサイババがサイ学校の生徒に、普通の灰を水で練って固めて乾燥してビブーティーを作る作業をさせているとの記載がありますが(写 真[4]の記載)、もしこれが事実であったとしたら、そのような噂はたちまちのうちに生徒から学校中、そして父兄の間に広がって、サイの学校は崩壊し、インドの帰依者は激減しているはずです。
 また、サイババがサイ学校の生徒を性的に弄んでいるといった内容の記載もありますが、もしそのようなことがあれば、ビブーティーの製造作業と同様にこのような噂も父兄の間に広がり、とっくにサイ学校は崩壊しているはずです。
 これに反し、サイの学校への入学希望者は年々増加する一方で、学生たちのサイババに対する尊敬の念はとどまるところを知りません。
 また、サイ大学の卒業式には例年インドの歴代の首相や州知事などが出席し、サイ大学を他に比類のない人間性の価値の教育を施す大学として絶賛しております。
 これこそが何よりもサイババの真実を語っております。

6. むすび
 以上のように、「裸のサイババ」なる書籍は悪意を持ってサイババを中傷し、これによって帰依者の周りの人たちに混乱を引き起こそうとの企ての下に出版されておりますが、賢明なる皆様はどうか識別 力を用いて真実を把握し、ババの恩寵により正しい道に導かれますようにお祈りいたします。

サティア サイ出版協会