・ババの御教え・
崇高な価値観を学ぶこと 『厳密な意味で教育とは一体何でしょう? 私たちは、教育のプロセスによって何を学ばなければならないのでしょう? 教育は何を目的としなければならないのでしょう? 今日行われている教育によって、我々は何を得ているでしょう? 学生たちはまず、以上の四つの点に関して注意を払わなければなりません。人の生活水準は、心をどのように養ったかによって決まります。心を養うということは、何か特別な変化を意味するものではありません。それは、その人の習慣や態度や、神に到る道への献身をより理想的なものにすることを意味するだけです。
教育とは、言葉の意味を覚えて終わりというものではありません。それは心の扉を広く開け放つことであり、意識・心・自我・感覚・理性という内的器官を浄化することであります。不幸なことに、教育は、生計を立てるための職業を確保するという限定された目的に従属させられています。真の教育は、我々の心から、一切の利己的傾向を取り除くものでなければなりません。ところが今日、実際に起こっているのは、教育を受ける人々の心から愛(プレマ)と喜び(アナンダ)が消されていることです! それに変わって嫉妬の炎に燃料が与えられ、育てられています。人間に内在する神聖な火花は覆い消されてしまうのです。
現代教育は、規律と謙虚さの美徳を消し去ります。価値観の伴わない科学、気まぐれによって生ずる行動、経験の裏付けのない学問、生きた人間とのかかわりを持たない人間、美しいメロディーを伴わない音楽……これらはすべて退屈で荒涼としています。それは人々にインスピレーションを与え、感謝と従順の心を起こさせることはできません。ですから、皆さんは利己的な欲望を捨て、感覚を通して働いている心の届く範囲を越えた真実を受入れて、皆さん本来の姿である神性を顕現しなければなりません。』
教育は我々に自信、すなわち自分自身の力に頼る勇気をもたらすものでなければなりません。今日、教育を受けた人々は、心が石のように硬くなっています。教育の目標の一つとして、自分よりも幸福に恵まれていない人々に対する慈悲の心を養うことがあります。ところが今日、人々の習得した知識や技能は、利己的な目的のために向けられています。アインシュタインは、ある時なぜ自分が何日も眠れない夜を過ごしたかを友人に説明しました。また、ガンジーも、それと同じことをある質問者に対して答えました。彼らは、「人々が教育を受けることによって心が硬くなることを考えると、夜も眠れない」と言ったのです。その友人がアインシュタインに、「でも君はそれと同じ教育の産物じやないか」と言うと、彼は、「私はそのおかげで今の自分があるのではなくて、そのような教育だったにもかかわらず今の自分があるんだ!」と答えました。教育は、うぬぼれと自尊心を増大させるための手段に成り下がっています。
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