・ババの御教え・
宇宙のすべては、真理から創られた それは、真理によって保たれ、真理へと溶け込む この真理とは、宇宙にあまねく満ちている 純粋な実在だということを知るがよい
神聖なる愛の具現者である皆さん!
「真理は一つ。賢者はそれを様々に表現する」という格言があります。真理は一つであるにもかかわらず、賢者たちはそれにいろいろな名前をつけてきました。真理とは誰か特定の人の所有物ではありません。それは、特定の国や、特定の信仰だけに関係するものでも ありません。また、特定の時代だけに係わるものでもありません。真理は空間や時間、宗 教、国家の壁を超越しています。真理を固く守ることにおいては、すべての国々・すべての宗教・すべての時代の人々が、平等な権利をもっています。真理は誰にも従いません。人は皆、真理に従わなければならないのです。
人類の始祖であるマヌは、この真理について詳しく説きました。人はマヌの後裔であるので、マヌジャ(マヌの子孫)と呼ばれるのです。真理のためには、人は自分の生命でさえも捧げる覚悟を持たなければならないという規範をマヌは定めました。けれども、時間 と空間と環境の荒廃のために、私たちは、マヌの戒めとは正反対のことを目撃しています 。今日の人間にとって、虚偽は甘く好ましいものとなり、真理は嫌悪されるものとなってしまいました。
人間は今日、たくさんのことを知るためにあらゆる努力を払っていますが、基本的な真 理を知るための努力は何もしていません。楽しく喜ばしいものはすべて真理からきています。古代においては、君主は真理に基づいて王国を統治していました。彼らは次の格言を 厳格に守りました。「真理は人格。真理は宗教。真理は生命そのものである。真理は贖罪 であり、真理は神である」人間はこの永遠の真理を固く守ることを怠り、真実ではない一 時的なものを追い求めていますが、このことが、今日の人間の弱点を示しているのです。
話すことに関するマヌの格言
マヌはまた、もう一つの深遠な言葉をこの世に残しました。「真実を話せ。喜ばしいことを話せ。真実であっても人を不快にさせることは決して話してはならない」つまり、たとえそれが人を喜ばせるためであっても、真実でないことを話してはならないということです。また、その真実が相手を傷つけそうなときには、その真実を話すべきではないということも意味しています。人は皆、真実を話すべきですが、その真実は喜ばしいものでなければなりません。ギータの中では次のように言われています。「話すときには、言葉は人を動揺させるものであってはならない。それは、真実で、快く、善意から出たものであるべきだ。」
目の見えない人を見れば、あなたには、その人が目が見えないことが判ります。それは 真実です。しかしそれが真実だからといって、もしその人に向かって「おい、盲人!」と叫んだとしたら、あなたはその人に苦痛を与えることでしょう。「盲人」という言葉を聞 いた瞬間に、その人は心を痛めます。言ったことが真実であることは間違いありませんが 、その真実は聞く者に悲しみを与えました。同様に、体の不自由な人を見て、もしあなたがその人に、「そこの身体障害者!」と話しかけたとしたら、あなたはその人に苦しみを与えることでしょう。真実の名のもとに、人は他人に苦痛を与える言葉を話すべきではありません。
行ないが正しくない人は、必ず本来の人間性を失うことになります。それゆえ、もし根本的な人間としての特質を身につけたいと望むのであれば、人は真実と愛の道に従わなければならないのです。
(ババ様のご講話より)
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