婦人部報告
体 験 記
プッタパルティでの旧正月のお祭りに参加できたのは、スワミのはからいとしか言いようのない出来事でした。会社を一週間も休めないうえに、父が入院する時期と重なっていたからです。もちろん両親共、インドに行くことに反対でした。元々私の家族は、精神的なこと、霊的なことは大嫌いです。以前からスワミのことを話したことはないので、スワミのアシュラムに行くとは正直に言えませんでした。スワミに呼ばれているのは感じていましたが、踊りの音楽を作るのに参加させて頂いただけで十分満足なので、こんな状況の中、できれば行きたくないと思っていました。でも私の思いとは別に、インド行きを断ることもできなくなってしまいました。さすがにここまで来ると、行く必要があるから呼んでくださっている、全てお任せしようと覚悟を決めざるを得ませんでした。
プッタパルティに到着し、最初のダルシャンで心を静めてスワミを待っていた時、「自分の足で歩いていける」という言葉と共に、自信と安心感が心の底から沸き止がってくるのを感じました。そして目を開けると、スワミがホールに入ってこられる姿が目に入りました。滞在中ダルシャンではいつも最前列、踊りの練習中にもスワミが突然現れるという、とても幸運な毎日でした。でもあまりに忙しく、目の前のことで精一杯でした。けれども、ダルシャンホールの中では、スワミと父のことだけに思いを集中しました。ある時、子供の頃、父にとても可愛がられたことをはっきりと思いだし、家族一緒の時間がもっと欲しいという気持が自然に溢れてきました。丁度その時スワミが手紙を受け取ってくださったのです。そして、何があったという訳ではないのですが、日毎に何が起こっても大丈夫という気持になっていき、今まで以上にがんばれる!と帰国後が楽しみになりました。家に帰ると、父が既に退院していて、検査の結果悪かった部分がなくなっていたと母から聞かされました。それを聞き嬉しさがこみあげると共に「やはり大丈夫なんだ!」と納得しました。私達は決して仲の良い家族ではありませんでしたが、父の命に限りがあることを知り、必然的に父を中心に寄り添わざるをえなくなりました。一方何人もの方が力を貸してくださり、多くの友人が祈りそして励ましてくださいました。すべての方そしてスワミに感謝の気持で一杯です。昨年5月滞在先のドイツで父の病気を知って以来、辛いことも多かったのですが、父の病気を通じて多くのことを学ぶことができ、私の中で何かが大きく変わりました。このことこそが神の恩寵のような気がします。
神戸センター 帰人部
目次に戻ります(C) 1998 Sathya Sai Organization Japan