愛は人を神へと変えることができます。
愛は人の本質である神性を顕わす手助けとなります。
愛は最も獰猛(どうもう)な獣さえも飼い慣らすことができます。
愛は世界さえも喜びで満たすように、そしてその喜びを分かち合うように
人々を駆り立てます。
愛は魂の高揚という歓喜への、深く痛ましいほどの渇望を植えつけます。
サティア サイ スピークス 第9巻 p 116
神への帰依は、至福、繁栄、そして平安をもたらします。
神への帰依は、苦痛や、動揺、個人的な心配を与えたりはしません。
神への帰依は、愛を育み、
あらゆる人は同じ兄弟であるという意識をもたらします。
サティア サイ スピークス 第9巻 p 123
平安は内からやってきます。
満足とは心の状態です。
世俗的な快適さへの執着の根には
必要以上に栄養を与えてはなりません。
それはただ不安と恐れを招くのみです。
そのようなものによって、人間の心の奥底に秘められた願いが
満たされることはありません。
彼らを帰依と献身の道へと導きなさい。
その道は彼らにとって満足と喜びの道となるでしよう。
普遍的な真我の本質に重きをおきなさい。
祈り、瞑想、自然界に映し出された神の荘厳さと栄光への
静かな黙想、神の御名の復唱をするように促しなさい。
内省して人間に内在する喜びの泉へ触れるために
沈黙と一人でいることを奨励しなさい。
サティア サイ スピークス 第5巻 p 120
あなた方が今
体を維持するために食物をとっているように
霊的な食物をとる時間を設けなさい。
敬虔な神の御名の復唱や瞑想という朝食
神への礼拝の儀式という昼食
午後には経典や聖典の読誦というお茶とお菓子
そして夜の早い時間に行う帰依の歌(バジャン)という軽い夕食。
この養生法に従うならぐっすりと眠り
さわやかな気分で目覚めることができます。
サティア サイ スピークス 改訂増補版第3巻 p 200
心の平安と内なる喜びという霊的領域において
成功や失敗の責任は完全に個人にあります。
それを他の人に転嫁する権利はありません。
火は燃料がなくなれば消えます。
ですから燃料を与えることをやめなさい。
感覚の炎に燃料を与えてはなりません。
心を一時的なものから引き離し、永遠なるものに執着しなさい。
マイナスのシャクテイ(力)と
プラスのシャクティが一緒になれば光を発します。
帰依の苗木を植えなさい。
すなわち、心の中でナマスマラナ(神の御名の臆念)という
予行演習をするのです。
それは美徳、奉仕、犠牲、愛、冷静さ、不屈の精神、
勇気という枝をもつ木へと成長するでしよう。
あなたは食物を食べ、飲み込みます。
しかし、食物がどのようにしてエネルギー、知性、
感情、健康へと変換されているのかを知りません。
同じ様に、精神のためにこの食物、
ナマスマラナをただ飲み込みなさい。
そしてそれが自分の気づかない内に、どのようにして美徳、
そして安らぎへと変えられるのかに注意を払いなさい。
サティア サイ スピークス改訂増補版第2巻 p 10〜11
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