サイの御教え インド花祭り御講話
1999年5月30日の御講話より要約
無限の至福
「富を失ったとしても、何も失ったことにはならない。健康を失えば、何かが失われる。人格が失われたなら、すべてが失われる」 かつて、人々はそう信じていました。しかし、今日ではすべてがあべこべになってしまいました。人々は、「人格が失われたとしても何も失ったことにはならない。健康を失えば何かを失ったことになる。富を失ってしまえばすべてを失ったことになる」と信じています。
人間にとって最も大切なものとは至福です。どうすれば至福を得ることができるでしょう。信仰のあるところに愛があります。愛のあるところに平安があります。平安のあるところに真理があります。真理のあるところに神がいます。神のいるところに至福があります。真理への道は、信仰で始まり至福で終わります。この世のもので至福を得ることはできません。この世的な喜びによって至福を得ることはできないのです。
今日、私たちは多くの聖典を学んでいます。聖典を学ぶことによって無限の至福を得ることはできません。私たちは無限なる書物を学ばなければならないのです。無限なる書物とは何でしょうか。この世界自体が無限の書物です。私たちには学ばなければならないこと、知らなければならないことがたくさんあります。神性へと達するために多くの聖典を学ぶ必要はありません。私たちは、この世界という大きな本を学ばなければならないのです。また、私たちは友をもたなければなりません。友とは誰でしょう。神だけが永遠の友です。神を自分の友と考えなければなりません。友の助けを借りて、この世界という無限の聖典を学ぶことができます。
仏陀の教えの中で五つの重要なことを理解しなければなりません。良いものの見方、良いことを聞くこと、良い行い、良い思い、良い言葉が重要です。私たちは、神によって与えられた感覚のうちに、神性を認めるように努力しなければなりません。そうすれば、神の恩寵を受けることができます。
まず自分の感覚を支配しなければなりません。ものを見る力は神からの贈り物です。常に良いものを見るようにすべきです。良いものを見るということは非常に重要なことです。何もかも見てはいけません。良いものだけを見るべきです。視覚を制御できれば、他の感覚も簡単に制御することができます。神聖なものの見方を培いなさい。自らの力を誤って使ってはなりません。悪いものを見て、自分の内に入れてしまってはなりません。それから舌を制御しなさい。あなた方は好き勝手にしゃべっています。そうして人間性を失い、すべての力を失ってしまっています。良いものの見方をし、良い言葉を話さなければなりません。
感覚を正しく使えば至福へと到達することができます。人生において真理、正義、犠牲が調和していなければなりません。これは、仏陀に帰依し奉る、法に帰依し奉る、僧に帰依し奉る(ブッダム シャラナム ガッチャーミ、ダルマム シャラナム ガッチャーミ、サンガム シャラナム ガッチャーミ)ということです。神性は理知(ブッディ)から生じます。私たちは正義(ダルマ)の道へと踏み出さなければなりません。私たちは社会(サンガ)に正義を打ち立てなければなりません。社会に正義を打ち立てたなら、国が繁栄します。
自己の内を見つめなさい。そうすれば神性を獲得することができます。神性を獲得することによって、神聖な愛を獲得しなければなりません。霊性修行とは何でしょう。ジャパや瞑想ではありません。話しすぎてはなりません。話を少なくしなさい。話を少なくして、より多く働きなさい。これが私たちのしなければならないことです。そうすれば、あなた方は繁栄します。あなた方が繁栄すれば社会が繁栄します。
時間があれば神のことを思いなさい。時間を無駄にしてはなりません。時は神です。時を無駄にすることは生命を無駄にすることです。生命を無駄にしてはなりません。生命はとても神聖なものです。今日の人々は、人間としての生を誤って用いています。時間を無駄にしてはなりません。すべての行いを神に捧げなさい。そうすればあなた方は真の平安を得ることができるのです。
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